機関リポジトリとは?メリットから著作権まで紹介
いま各大学や研究機関で次々と設置が進んでいるのが、機関リポジトリです。でも、あらためて「機関リポジトリって何?どんなメリットがあるの?」と言われると、よく分からないという人が多いのではないでしょうか。
今回は、この機関リポジトリの構築を検討している方に向けて、機関リポジトリの解説をしたいと思います。
目次
機関リポジトリの基本
では、はじめに機関レポジトリという言葉の意味やその歴史、そしてどのような仕組みなのか、ひとつずつなるべく噛み砕いて解説していきましょう。
機関リポジトリとは
英語の「リポジトリ(Repository)」は「倉庫、収納庫、貯蔵庫」といった意味ですが、「機関リポジトリ(Institutional Repository)」という言葉は、
大学とその構成員が創造したデジタル資料の管理や発信を行うために、大学がそのコミュニティの構成員に提供する一連のサービス
と定義されています(出典「機関リポジトリ:デジタル時代における学術研究に不可欠のインフラストラクチャ」クリフォード・リンチ(Clifford A. Lynch、ネットワーク情報連合事務局長)『ARLリポート』226号、2003年2月)。
これをもう少しわかりやすく言い直すと、
機関リポジトリとは、大学や研究機関で生産された論文などの資料をデジタルデータの形で収集・保管して、さらに公開・発信するためのインターネット上の学術情報資源管理システム
だと言えます。
次世代の学術コンテンツの基盤構築が叫ばれる今、機関リポジトリは大学の学術情報をストックし、さらに発信するための仕組みとして注目されています。つまり機関リポジトリは、大学が学術情報を学内の教員や学生だけにとどまらず、一般の人々に広く伝えるためのチャネルとして機能し始めているのです。
機関リポジトリの具体的なコンテンツとしては、大学の教員や学生の知的成果物(論文や研究資料、教育資料)をはじめとして、講演などの内容、日々の研究や実験データ、観察記録、講義のシラバスや学生のレポートなどが想定されています。
ただし、現状では多くの大学の機関リポジトリでは、研究論文が主な対象となっています。論文には、学術雑誌に掲載された論文、博士論文などの学位論文、学内紀要に掲載の論文などが含まれます。
また、機関リポジトリはオープンアクセスという名前で呼ばれることもあります。厳密に言うと、機関リポジトリとオープンアクセスはイコールではありませんが、オープンアクセスの理念である「論文などの学術研究成果は、本来、人類にとって共通の知的資産であり、その内容を必要とする全ての人がアクセスできるようにすること」を実現する一つの手段として、機関リポジトリを位置づけることができます。オープンアクセスについては、次の「機関リポジトリ」のところで詳しく触れます。
機関リポジトリの歴史
機関リポジトリがどのような背景で開発されたのか、その歴史をひもといていきましょう。
もともと海外でも日本でも、大学内部で生み出された論文などの学術情報は、出版社による学術雑誌を通して公開されるという流れが一般的でした。
しかしこうした学術雑誌の制作を一部の商業出版社が独占するという状況が生まれ、その結果として学術雑誌の価格が高騰していきました。そして学術雑誌が電子ジャーナルという形式で販売されるようになっても、基本的に高額なパッケージ契約が必須となっていたため、その情報を必要とする研究者も入手が困難になるという問題が生じました。
また日本の学術系出版物に顕著な事例として、出版物の形で刊行されたとしても、全国の書店に広く流通することはなく、ごく一部の研究者の目に触れるのみ、というきわめて限定的な流通経路であるという問題もありました。
こうした状況を解消するために生まれたのが、オープンアクセスという発想です。1990年代に世界的にインターネットが普及したことを背景に、学術情報をインターネット上で公開し、誰でも無料で入手できるようにしよう、という動きが出てきました。
オープンアクセスを実現する方法はいくつかありましたが、出版社側が行うものと、研究者や大学側が行うものの二つに分類することができます。
出版社としては、オンライン上で無料で自由に閲覧できるオープンアクセスジャーナルや、雑誌刊行から一定期間経過後に無料でアクセスが可能になる手法などがありましたが、どうしても商業ベースのため様々な制約が課せられました。一方で、研究者自らがセルフアーカイビングといって、発表した論文を何らかの形でデジタルアーカイブ化し、公開するという試みが始まったのです。そこで開発されたのが機関リポジトリというシステムでした。
米国のマサチューセッツ工科大学とヒューレット・パッカード社が共同で作成したDSpaceという機関リポジトリ用ソフトウェアが、2002年に初めてリリースされました。このDSpaceがオープンソースの汎用的なソフトウェアだったため、他の大学にも広く普及していきました。ソフトウェアの開発だけでなく、マサチューセッツ工科大学は、2009年には学内の研究成果はオープンアクセスとするよう義務化する方針を打ち出しました。こうして、次第に研究者の間でもオープンアクセスを当然と考える土壌が育まれていったのです。
その後も、英国のサウサンプトン大学が、機関リポジトリソフトウェアのEprintsを開発し、また欧米に続く形で日本国内でもInfoLibのようなソフトがいくつか開発されました。
こうした利便性の高い専用ソフトウェアの開発、オンラインストレージ(クラウドストレージ)にかかる費用の低価格化、そしてデジタルアーカイブの重要性、必要性が広く認識され始めたことで、機関リポジトリを導入する大学や研究機関が増えていきました。
日本では2005年に千葉大学が機関リポジトリを公開したのが初めての事例となります(試験公開は2003年)。その後も各大学機関において、機関リポジトリの構築が進みましたが、2007年にその数が一気に倍増しました。これは、国立情報学研究所が学術機関リポジトリ構築連携支援事業(CSI委託事業)を2006年度から2007年度にかけて行い、各大学の機関リポジトリ形成を支援したことが原因です。
2011年には、教育研究成果の電子化による保存やオープンアクセスの促進を、国の政策として推進することも閣議決定されました。こうした流れを受けて、機関リポジトリを構築する大学は増え続け、国立情報学研究の「機関リポジトリ一覧」によると、国内では640以上(2019年5月現在)の機関リポジトリが稼働しています。
2011年の統計データによると、日本の機関リポジトリの数は、世界各国と比較しても、アメリカ、イギリス、ドイツに次ぐ世界トップクラスとなっています。これは素晴らしいことですよね。機関リポジトリを設置する大学は今も着実に増え続けています。
機関リポジトリの仕組み
次に機関リポジトリがどのような仕組みなのかを解説します。
大学や研究機関が、学術情報を蓄積するためにサーバー上に専用のソフトウェアを用いて構築したデジタルアーカイブシステムが機関リポジトリです。大学教員や学生はこのリポジトリに論文等を登録していきます。
当然、リポジトリを立ち上げただけでは、これらの論文が多くの人の目に触れることがありません。
機関リポジトリに登録された論文は、OAI-PMH(オープン・アーカイブ・イニシアチブ・メタデータ・ハーベスティング・プロトコル)というプロトコルに準拠したメタデータが付与されます。このメタデータは、記述メタデータ、技術メタデータ、権利メタデータ、保存メタデータ、管理メタデータなどが情報パッケージとなっています。
国内では国立情報学研究所によるIRDB(学術機関リポジトリデータベース)に登録申請すると、IRDBが登録機関のリポジトリからOAI-PMHに準拠したメタデータをハーベスト(収集)するようになります。そしてハーベストしたメタデータを、論文検索サービスのCiNiiや国立国会図書館の検索システムNDLサーチなどに提供するのです。
こうして、特定の大学の機関リポジトリに収納された論文が、その大学図書館のポータルサイトからだけではなく、IRDB、CiNii、NDLサーチなどでも検索されるようになるのです。この他にもGoogleなどの検索エンジンも、サイトマップを登録すればクロールしてメタデータを収集していきます。
こうして機関リポジトリは逐一データを送信しなくても、各種検索システムや検索エンジンを通して、全世界の利用者からアクセスさせるようになるのです。
機関リポジトリのメリット・デメリット
さまざまな可能性をもつ機関リポジトリですが、メリットとデメリットがあります。
機関リポジトリのメリット
機関リポジトリを構築するメリットは数多くあります。メリットを享受する対象ごと(学内研究者、一般の利用者、大学)に整理してみましょう。
学内研究者のメリット
研究成果の視認性の向上
学術雑誌に掲載されることに比べて、機関リポジトリに論文を登録することは、世界中の人々の目に触れる機会が飛躍的に増えることを意味します。それによって、今まで以上に各方面から論文が参照、引用され、また評価される可能性が高まることになります。
論文の一元管理と長期保存
様々な雑誌に論文を掲載している場合でも、機関リポジトリに登録しておけばデジタルアーカイブとしてそれらの論文を一元管理することが容易になります。また、一度登録したデータは機関リポジトリが運営される限り、保存が保証されます。データの消失に備えて常に研究者自らがバックアップをとる必要がなくなります。
一般の利用者のメリット
論文へのフリーアクセスによる研究の活性化
一般の利用者、つまり学外の研究者や一般市民は、大学図書館のポータルサイトや各種サーチエンジンから機関リポジトリにアクセスし、誰でも無料で容易に論文を読むことができるようになります。
これまでは、目当ての論文があった場合、その論文が掲載されている雑誌を配架している図書館を探し、場合によっては遠方まで足を運ぶ必要がありました。ましてや、海外からではその論文を読むことが非常に困難でした。機関リポジトリによって論文がオープンアクセスとなれば、そうした不便が一気に解消し、世界規模で研究が活性化することが期待されます。
大学(研究機関)のメリット
説明責任の履行
大学は公的な機関として、その研究教育活動を社会に対し説明する責任があるとされています。とくに科学研究費補助金等の公的助成を受けて行われた研究は、その成果を広く社会に還元することが必要不可欠です。機関リポジトリでその成果を公開することは、大学の説明責任の履行という重要な役割を果します。
大学の社会的、公共的価値の向上
大学が所属する教員や学生の研究成果を、機関リポジトリを通して広く公開する姿勢を見せれば、研究教育機関として社会から認知されることにつながります。さらにその機関リポジトリのコンテンツが充実し、アクセス数が増えれば、大学の社会的、公共的な価値の向上、つまり大学のブランディングにもつながるというメリットがあります。
機関リポジトリのデメリット(現状の課題)
機関リポジトリの構築は、学内研究者、一般の利用者、大学、それぞれに多大なメリットがあることがわかりましたが、もちろんデメリットというか課題がないわけではありません。現在、各大学が直面している課題について触れておきましょう。
それは機関リポジトリを長期運用するための資金と人員の確保という問題です。
機関リポジトリの運用には初期設置コストの他に、サーバー代などが恒常的に必要となります。また、ソフトウェアを常にセキュリティ対策を考慮してアップデートしながら運用するためには、専門業者とサポート契約を結んで保守点検を行ってもらうか、専門知識を有した職員を確保しなければなりません。いずれにしても、機関リポジトリの運用にはある程度コストがかかることになります。
この対策としては、機関リポジトリ立ち上げ後のサポートやバージョンアップまで保証されているパッケージシステムを提供している企業と契約し、コストを下げるという手段があります。
たとえ、そうしたパッケージシステムを導入したとしても、日々新たな論文を登録し、コンテンツの充実を進めるためには、専門性の高い図書館職員が必要でしょう。なぜなら、機関リポジトリの運用にはメタデータの登録、著作権処理、他のデータベースなどとのリンクなど、通常の図書館業務とは大きく異なる作業が多いからです。図書館職員が片手間でできるものではありません。
こうした費用と人員の確保が、機関リポジトリの一番の課題と言えるでしょう。万が一、機関リポジトリ立ち上げ後に、大学が運用のための予算を確保できないと判断した場合、登録された論文へアクセスすることができなくなるという最悪のケースも考えられます。
機関リポジトリの活用例
すでに説明した通り、日本国内には現在640以上の機関リポジトリが存在します。その中でも、優れた実績をあげている機関をいくつかご紹介しましょう。
京都大学
京都大学の図書館機構は「KURENAI」という名称の学術情報リポジトリを公開しています。
このKURENAIは、スペイン高等科学研究院(CSIC)が発表する世界リポジトリランキング(2018年11月版)の機関リポジトリ部門「TRANSPARENT RANKING: Institutional Repositories by Google Scholar」において、なんと世界第5位に選ばれる快挙を果しました。もちろん日本の大学の中では第1位です。
京都大学は2006年にこのKURENAIを公開し、収録論文数、アクセス数とも着実に増加し、日本屈指の機関リポジトリへと成長させていきました。2015年には、所属の教員に対し、論文等の研究成果をKURENAIによって原則的に公開することを「京都大学オープンアクセス方針」として明確に定めました。
このように大学としてオープンアクセスを推進する姿勢を打ち出し、京都大学は世界的にも評価される機関リポジトリを作り上げたのです。
千葉大学
「機関リポジトリの歴史」で触れた通り、機関リポジトリを国内でいち早く設置したのが、千葉大学です。千葉大学では「CURATOR」という名称の機関リポジトリを公開しています。
2005年の機関リポジトリ公開後も、千葉大学は積極的なオープンアクセス化の動きを見せています。2005年度から2012年度にかけては、国立情報学研究所の最先端学術情報基盤(CSI)委託事業を受け、システム開発、コンテンツ構築を実施しました。また2013年度には学位規則を改正し、博士論文の組織的な登録をはじめ、さらに2015年度には「千葉大学オープンアクセス方針」を制定しています。
そして2016年度には、米国の非営利団体CHORと科学技術振興機構による学術論文のオープンアクセス拡大にむけた試行プロジェクトに参加しました。これは米国以外では初の試みであり、学会や商業出版社等が発行する学術雑誌に掲載された論文が、全国的に見てもいまだ数%しかオープンアクセス化していないという現状の解決策として期待されるものです。
さらに千葉大学では、機関リポジトリコンテンツへDOI (Digital Object Identifier、電子的なコンテンツに付与される国際的な識別子)の登録も開始し、研究データとしての流通性を高めています。
大阪大学
京都大学の「KURENAI」が世界第5位に選ばれた2018年11月の世界リポジトリランキング機関リポジトリ部門で、第32位に選ばれたのが大阪大学の附属図書館が運営する機関リポジトリ「OUKA」です。日本の大学としては、京都大学に次ぐ高順位です。
OUKAの特徴は、コンテンツの多彩さでしょう。学術雑誌論文、博士論文、紀要論文にはじまり、研究報告書、学内報告書、単行書、会議発表用資料、会議発表論文、教材、貴重書、データセット、ディスカッションペーパー、一般記事、大学関連学会誌掲載論文などなど実に豊富です。
登録されたコンテンツは、アクセス数やダウンロード数がランキング形式でわかるようになっています。こうした充実したコンテンツの実現には、大学図書館の働きかけが不可欠ですが、大阪大学図書館では積極的に学内関係者へ、オープンアクセス化の意義を説いて、論文の機関リポジトリへの登録を呼びかけています。
さらに論文の電子ファイルがない場合でも、図書館側で論文を冊子体からスキャナで電子化し、登録するという手厚い対応をとっています。
2016年からは、博士論文や紀要掲載論文に対しDOIの付与を開始し、さらなる利便性の向上を図っています。DOIの付与は、リンク切れを防ぎ、そのコンテンツへの永続的なアクセスが可能となる他、論文へのアクセスが容易になるというメリットがあります。
機関リポジトリにおける著作権処理
機関リポジトリで論文などの著作物を公開する際には、著作権処理の問題があります。すこしややこしい話なので、最後にこの著作権について整理しておきます。
大前提として、論文の著作権は著者本人にあります。その論文を著作者が機関リポジトリに登録するということは、機関リポジトリを運営する大学(大学図書館)に対し、論文公開の許諾をしただけであり、著作権そのものが図書館に譲渡されるわけではありません。機関リポジトリ登録後も、著作権はあくまで著者にあります。
しかし、すでに学会誌に掲載されたり、出版物として発行されたりした論文を登録する場合には、少し注意が必要です。なぜなら、その論文の著作権が契約によって出版社や学会に譲渡されている場合があるからです。もし全面的に著作権が出版社に譲渡されている場合は、機関リポジトリでその論文を公開するためには、出版社の許可を得る必要があります。出版社の許可を得ないままに機関リポジトリに論文を登録することは、さらに言えば学内のサーバーに保存すること自体、著作物の複製にあたり著作権違反となってしまいます。
例えば、著作権を出版社に譲渡していても、著者が論文を機関リポジトリで公開する権利は留保する契約になっている場合であれば、出版社の許可を得なくても著作者自身がリポジトリに論文を登録し公開することができます。ケースバイケースだと言わざるを得ません。
学会誌に掲載した論文の著作権については、科学技術系の学会では基本的に著作権は学会に帰属するとされていることが多く、逆に人文・社会科学系では著作権は著作者にあるとする傾向があります。学会誌掲載論文を機関リポジトリへ登録する場合は、各学会の規定を確認する必要があるでしょう。
それでは、過去の論文、例えば大学紀要のバックナンバーを機関リポジトリに登録しようとした時、著作権処理はどうなるでしょうか。これも著作権は著者にあるため、論文を書いた一人一人から許可を得なければいけません。著作者が存命であれば本人から、もし故人となっていた場合は親族などの著作権継承者に了解をとります。これはかなりの労力となりますが、機関リポジトリの充実化を図るためにはそうした努力も欠かせないのです。
多くの場合、こうした著作権の処理は、大学図書館の専門職員の方が行うことになります。
機関リポジトリの可能性と課題
世界的に見ても、また日本国内でも、着々と普及している機関リポジトリ。この機関リポジトリによって、世界規模で学術情報が共有され、研究が飛躍的にスピードアップすることが期待されています。今回の記事で機関リポジトリの可能性を理解していただけましたでしょうか。
機関リポジトリの現状の課題として、予算と人員の確保を挙げましたが、今は専門的な知識がなくても低コストで機関リポジトリの構築ができるデジタルアーカイブシステムの開発も進んでいます。
数あるアーカイブシステムの中で、全国の国立機関や図書館で数多く採用されている実績を誇るのが、InfoLibです。InfoLibは、誰でも簡単に論文をアップロードできる扱いやすさと、手厚い保守サポートが人気の理由です。興味がある方は、ぜひ検討してみてください。